高校生にもなってケイドロから学んだこと
私は高校生のときにケイドロをやった。高校生にもなってケイドロをすることになるとは思わなかったが、そこには大きな大きな学びがあったのだ。
私は泥棒チームで、その中にはケイドロの参加者の中で一番足がはやい人(うさぎ君)がいた。ケイドロといったら自分が捕まっても助けてもらえればもう一度シャバに飛び出せるので、もともと泥棒が有利だが、それに加えて足がはやい人がいるとほぼ勝ちが確定する。
しかし、実際にやってみたら状況は違った。最初は気合を入れていたうさぎ君が開始から1時間後、捕まっていただけでなく逃げる気力すら失っていたのだ。その後も自分がうさぎ君を助けたとしても、うさぎ君は逃げることをしなかった。
何が起こったのかを説明するために時を戻そう。
ケイドロがスタートしてから、うさぎ君を追いかけたのはなんと警察の中でも特に足の遅い人(かめ君)だった。しかし、全力疾走で追いかけるのではなく、ずっと走り続けることができるペースで1時間もだ。
決して頭のいい方法ではないと思う人がいるかもしれないがケイドロというルールの中ではすごく合理的だった。ケイドロの厄介さは、警察が泥棒たちが入っている監獄を守りつつも、残りの泥棒を捕まえるためにも警察を出動させなければいけない。そして、最悪の場合というよりかケイドロではよくあることだが、守備に隙が生まれ、犯罪者たちが嬉しそうにシャバに飛び出してしまうのである。
ケイドロでは、いくら泥棒を捕まえたとしても高確率で逃げ出されてしまう(再発を防止できていない)ので、捕まえるという行為はそもそもケイドロにおいて適切な対処法ではなかったのだ。では、どうすれば良いのか。それは犯罪者どもの逃げたいという考えを根本から覆すことだ。言い換えれば、監獄暮らしの方が楽でいいやと思わせるようなことをすればよかったのだ。
かめ君の戦略では、まず全力疾走ではなくゆっくりとしたペースで長時間追いかけるので、当然うさぎ君も長距離を走ることになってしまい自分の得意なフィールドで戦うことができなかったのだ。そしてすごいのは、かめ君がうさぎ君を永遠に追っかけていたことで、逃げるという行為が長距離走になるという感覚を埋め込まれてしまい、うさぎ君の中で逃げるという行為が長時間の苦痛を伴う行為に変わってしまったのだ。その後のうさぎ君は自由を求めることを諦めており、私がうさぎ君を解放しても、かめ君がうさぎ君を狙った瞬間に、うさぎ君は逃げることを諦めたのだった。
これから学んだこと
同じフィールドで戦わず自分が得意な手段で戦えば、客観的に無理そうな相手にも勝つことができること。そして、問題解決の際は表面的な問題や与えられた問題を解決しに行くのではなく、何が本当の問題なのかを自分で考ええて、できる限り再発を防止するような解決策を見つけようとすることが重要だということ。
最後に
うさぎ君とかめ君ありがとう。